What We Choose | 私たちが選ぶもの

長いあいだ、うまくいかないことに出会うたび、

人の問題として考えていたように思う。

なぜ、この人はこうするのだろう。

なぜ、伝わらないのだろう。

なぜ、同じことが繰り返されるのだろう。

けれど最近、少し違う見方ができるようになった。

人の問題として見れば、腹が立つ。

構造の問題として見れば、理解できる。

自分の選択の問題として見れば、次へ進める。

誰かを悪者にする必要はない。

人にはそれぞれの働き方があり、

組織には、それを許容してきた時間がある。

そして私たちにも、

どこで、誰と、どのように働くかを選ぶ自由がある。

私は、責任と権限が明確で、

必要な言葉だけが交わされ、

人々が静かに動ける場所で仕事をしたい。

静かであることは、何も起きていないということではない。

むしろその逆だ。

一人ひとりが自分の役割を知り、

誰かが声を張り上げなくても、

物事が自然に動いていく。

良い仕事とは、

そういう場所から生まれるのかもしれない。

もうすぐ、八重山に一年で最も賑やかな季節がやってくる。

たくさんの人が島を訪れ、

島も、海も、町も忙しくなる。

だからこそ今年は、

忙しさに夏を奪われないようにしたい。

朝の光を見る。

風を感じる。

夕暮れには海を見る。

夜になったら月を探す。

すべてを解決しなくていい。

わたしが引き受けるべきものを引き受け、

そうでないものは手放していく。

そして、この島にいるということを、

ちゃんと味わっていたい。

八重山の夏は、

仕事が終わったあとにあるのではない。

この一日そのものの中にある。

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身体は、まだ回復することを知っている。