信念。

今日は、ひとつの転換点だった。

長いあいだ、私は「誰かの可能性」を信じることに、自分の時間や力を注いできた。それは間違いではなかった。けれど、ある瞬間、身体が先に知ってしまった。

音が鳴った瞬間。

声が出た瞬間。

空間が反応しなかった瞬間。

次の扉が開かなかった瞬間。

そのとき理解した。人の内側から起きるべき変化を、外側から起こすことはできない。

そして同時に、もうひとつのことにも気づいた。

本当に必要だったのは、私自身の内側から起きる変化だった。

--- 私は、自分の人生を振り返った。

京都から東京へ。東京からニューヨークへ。ロンドンへ。レコード会社を離れ、アーティストマネージャーとなり、ものづくりという名の広告をやり、映像ディレクターのビジネスマネージメントをして、おぉ、西表島へ、そして石垣島へ。

そのたびに、自分へ問い続けてきた。

私はこの力を持って、どこへ行くのか。

観察する力。

編集する力。

判断する力。

移動する力。

言葉にする力。

これらは、私が長い時間をかけて積み重ねてきたものだった。いつの間にか、その力を他者のために使いすぎていたのかもしれない。今日、その力を、自分自身の未来へ戻そうと決めた。

--- これからの私の態度は、とてもシンプルだ。

信じるけれど、背負わない。

導くけれど、代わらない。

待つけれど、自分の時間を差し出しすぎない。

これは誰かを見放すための言葉ではない。誰かを一人の表現者として尊重するための距離であり、同時に、自分自身の未来を見捨てないための約束でもある。

--- 不思議なことに、この距離を受け入れてから、音楽は以前より自然になった。

無理に火をつけようとしなくても、

無理に意味を与えようとしなくても、

音楽は、自分自身の呼吸を取り戻し始めた。

私もまた、自分自身の呼吸を取り戻し始めている。

--- 今日という日を忘れない。

これは終わりではない。

自分の意志で、自分を動かし始めた日。

そして、もう一度、自分に問い続ける。

私はこの力を持って、どこへ行くのか。

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