箏(くとぅ)
9月10日が「箏の日」であることを、島の暦を見て初めて知った。そこには、
箏(くとぅ)の日
と書かれていた。
箏と書いて、くとぅ。
沖縄では箏をそう呼ぶのだという。
その文字を見たとき、どこかで読んだことがあると思った。それは堀田善衞の『若き日の詩人たちの肖像』だった。物語の少年は、母から箏を習っている。堀田はこう書いている。
「芸事の手はじめに、母の手で箏をかなりしっかり教え込まれていたので、少年は西洋音楽について、別にどんな劣等感をも、また過剰な尊崇をももったりすることもなかったのである。」
この一節が、私は好きだ。
少年にとって箏は、「日本の伝統音楽」という名前のついた何かではなかったのだと思う。それは母の手から教わったものだった。家の中にあり、土地の暮らしの中にあり、自分で世界を選び始めるより前から、身体のどこかに入っていた音だった。
福井から東京へ。新しい都市には新しい文化があり、西洋から入ってきた音楽があり、新しい思想があった。けれど、少年がそこへ持っていったものもまた、決して小さなものではなかった。土地の音というのは、必ずしも「伝統音楽」というジャンル名ではない。母親が弾いていた箏かもしれない。祭りで聞いた唄かもしれない。
言葉のイントネーション、祈り、風景、誰から誰へ何が手渡されてきたかという記憶まで含んでいる。それを身体のどこかに持っている人は、世界へ出たときに、世界を拒絶する必要も、世界にひれ伏す必要もない。世界へ向かうために、土地を捨てる必要はない。土地を深く知ることが、むしろ世界と対等に出会うための足場になる。
この本を読みながら、私はもう一つ、少年の心に強く惹かれていたことを思い出した。
時代は戦争へ向かっていた。
そして、ついに日本がアメリカとの戦争に入ったとき、若い彼は、自分に残されている時間はもうわずかなのだろうと考える。
詩を読み、音楽を聴き、これから世界を知ろうとしている若者の前から、未来そのものが閉じられていく。
その感覚が、私はずっと心に残っていた。
奇しくも、今日は9月11日のことを思い出す日でもあった。もちろん、戦争のただ中で生きた少年の苦しさと、いま私が暮らしの中で感じている苦しさは、同じではない。
比べるべきものでもない。
日々の騒音に眠りを妨げられたり、理不尽だと思う出来事に心を乱されたりする。そういう私の日常と、明日生きているかどうかさえ分からなかった時代とでは、現実の重さがまったく違う。
それでも、本を読んでいると、ときどき時代を越えて、人の心が分かるような気がする瞬間がある。
同じ経験をしたからではない。
同じ苦しみを知っているからでもない。
それでも、
先の見えない時間の中で、音楽を聴くこと。
詩を読むこと。
自分がどこから来たのかを忘れないこと。
美しいものに心を動かされること。
そういうものが、人間の内側に残る場所についてなら、少しだけ分かるような気がする。芸術の心、と呼べばよいのだろうか。土地の心、と呼べばよいのだろうか。まだ、うまく名前をつけられない。
けれど、「箏」という一文字が、福井の少年から、沖縄の「くとぅ」へとつながった。文字は同じでも、土地が変われば、響きが変わる。
こと。
くとぅ。
その違いを消さずに、
耳を澄ます。
世界へ向かうということも、
もしかすると、
そういうことなのかもしれない。