編集という希望

編集工学者・松岡正剛さんは、近代が築いた「ネーションステート(国民国家)」という枠組みを越えて、人間はもっと多層的な存在であると考え続けました。

私たちは、一つの国家だけに属しているのではありません。

家族があり、地域があり、文化があり、仕事があり、自然との関係があり、芸術があり、旅の記憶があります。その幾重にも重なった関係のなかで、人は生きています。松岡さんは、その重なりをもう一度結び直す営みを「編集」という思想で探究しました。

いま世界では、国家が互いを敵と呼ぶことがあります。

しかし、その国々には、映画を一緒につくった友人がいて、音楽を奏でた仲間がいて、旅先で笑い合った人がいます。

国家は人を分類できます。

けれど、編集された記憶までは分断できません。

私は、そのことに希望を感じています。

戦争の世紀は、国家が世界を説明する世紀でした。けれど、これからの世紀は、人と人とのつながりが世界を編集し直していく世紀であってほしい。

映画も。

音楽も。

旅も。

そのためにあるのだと思います。

国境は地図の上に描かれます。

けれど文化は、人の心に描かれます。

そして心の地図には、国境線はありません。

私たちは、すでに出会ってしまっている。

だからこそ、その出会いを壊さない未来を選ぶことができる。

それが、私たちの世紀の希望です。

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